イギリスの物理学者・科学ジャーナリストであるロバート・マシューズ(Robert Matthews)は、「なぜバタートーストはバターを塗った面を下にして落ちるのか?」という、日常生活でよく話題になる“あるある”現象を本気で研究し、学術論文まで発表したことで知られています。
単なるジョークではなく、物理学や数学を駆使して真摯に研究したその姿勢は、科学ファンのみならず多くの人々の注目を集めました。
今回はマシューズの研究の背景や内容、そしてその興味深い結論について詳しくご紹介します。
目次
「バタートーストはバター面を下にして落ちる」という“あるある”
誰しも一度は経験がある?
トーストのバターを塗った面が下に落ちるという現象は、日常生活で広く知られた“あるある”です。
食卓でうっかりトーストを落としてしまうと、なぜか高い確率でバター面が下になっている…
この不可解でちょっとイラッとする現象は、古くから「バタートーストの法則」「マーフィーの法則の一種」などと呼ばれ、人々の関心をいてきました。
ただ、それを本気で科学的に解明しようとした学者はなかなか現れませんでしたが、ロバート・マシューズは本気で研究に取り組みました。
ロバート・マシューズの研究
研究の発端
マシューズがこのテーマに興味を持ったきっかけは、誰もが抱く「本当にいつもバター面が下になるのか?」という単純な疑問でした。
ただし彼は「単に確率的にバター面が下になる頻度を調べる」というだけでなく、そこに作用する物理法則や力学的要因を正面から解析することを試みました。
実験と分析
彼はこのような内容を考慮し研究を進めました。
- トーストの大きさや重心
トースト全体の質量分布やバターが塗られている面の質量偏りが、回転や落下の挙動にどのように影響するか。 - テーブルの高さ
一般的な食卓の高さは約70~80cm程度。
その高さからトーストが落下する際、落下時間がどの程度で、トーストがどのくらいの角度まで回転しうるかを計算。 - 初期条件(落ちるきっかけ)
手からトーストが滑る瞬間の向きや微妙な回転量、またはテーブルの端から落ちるときの挙動など。
“縦に回転する”という単純なモデルだけではなく、実際の落下には多少の横回転やバターの粘性による空気抵抗がわずかに生じる可能性なども考慮したとされています。
結論:回転しきらないことで「バター面が下になる」
マシューズが導き出した主な結論は、「テーブルの高さとトーストの回転速度の組合せによって、落下中にちょうど半回転(180度回転)ほどしてしまい、バター面が床側に来る」というものです。
高いところから落とせば、一回転以上してバター面が上になって落ちる可能性は高まります。
しかし、一般的なテーブルの高さでは、ほぼ半回転ほどしかできないために「バター面が下になる」確率が高い というわけです。
また、トーストを実際に使った観察や実験データを収集した結果も、理論計算を裏付けるものとなり、彼の主張の信頼性を高めました。
学界やメディアの反応
学術誌への掲載とIg Nobel賞
マシューズの研究成果は、ヨーロッパの物理学術誌であるEuropean Journal of Physicsに掲載されました。
日常的な現象をまじめに、かつ精密に取り扱った姿勢は高く評価され、1996年には「イグ・ノーベル賞 (Ig Nobel Prize)」を受賞しています。
イグ・ノーベル賞は「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に贈られるユーモアと挑戦精神に満ちた賞ですが、受賞した研究の多くは真面目な学問的アプローチを基盤としている点が特徴です。
メディアからの注目
新聞やテレビなどのメディアも、「この身近な疑問を学術レベルで突き詰める」というインパクトのある内容に飛びつきました。
ジョークに終わらないユーモラスさと、現実世界をそのまま研究対象とする好奇心旺盛な姿勢は、多くの一般人に「科学の面白さ」を実感させたのです。
バターの面を下にしないためには?
ロバート・マシューズの結論を踏まえて、「少なくとも落下中にトーストが一回転以上すればバター面が上になる確率も高まる」ということがわかります。
つまり、テーブルを極端に高くするか、トーストを落とす際に初速を与えて素早く一回転させるなどの対策が考えられます。
もちろん、実際にそこまで生活習慣を変える人は少ないかもしれませんが、「バター面を下にしないにはどうする?」という発想をするだけでも、おもしろいかもしれません。
まとめ
ロバート・マシューズの「バタートーストの落下」の研究は、普段の暮らしの中で起きる何気ない疑問に対し、物理学と数学を活用して真剣に答えを追求した好例です。
- テーブルの高さと落下の回転挙動の組み合わせ
- トーストの重心やバターによる質量偏り
- 実験データの収集と数理モデルの検討
これらを丁寧に分析して“あるある”を論理的に解き明かす姿勢は、日常のどんな小さな不思議も研究対象になり得るという科学の奥深さを示しています。
マシューズの論文は、その真面目なテーマ設定と結果のユーモアによって、多くの人々に「科学とは身近で、時にユーモアに満ちている」ということを感じさせてくれました。
トーストをうっかり落としたとき、この研究を思い出すと、ちょっぴり心の余裕を持って“バター面が下になってしまう”原因に思いをはせることができるかもしれません。
ただ、筆者を含めた多くの人は、また何の気なしに日常を過ごし、バタートーストを落としたときにイラッとしている姿が目に浮かびます。